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ちょっとした疑問から始まった日本語との出会い PDF Nyomtatás E-mail
Írta: Németh Anita   
2011. november 02. szerda, 11:00

日本語を勉強し始めてから、数え切れないくらい「なんで日本語を選んだの?」という質問を受けました。それは良い質問ですね... 答えは、たいてい「ええと、まあ、それはね...」と口ごもることになりました。

 

高校生の時から日本文化・歴史などに興味を持っていましたが、日本語は難しすぎるから、私には絶対できないと思って、始めずに諦めていました。あの頃の私を、今も恥ずかしく思います。数年後、職場での昼休みの時間、同僚がキッコーマン醤油のアニメ広告を見せてくれたとき、私は「えぇっ、何、これ?」と口をあんぐりと開けてモニターを眺めたまま、不思議な気持ちに襲われました。ショックを受けたような感じでした。

 

 

 

「日本人の考え方を知りたいなぁ!やっぱり日本語を勉強したいなぁ!」というわけで、勇気を奮い起こして、ついに仕事を辞めて、2008年9月、エルテ大学の日本学科で長い道を歩きはじめました。もちろん、理由はそれだけではありませんでしたが、今、省みると、無意義そうに見える以前の5年間の大学の勉強や4年間の仕事の後、やっと一生で一番胸を躍らせてくれる旅を始められたのは、その可愛いアニメを見たのがきっかけだったのです。

 

大学の課題は、あの時ひらがなさえ知らなかった私にとって確かに厳しかったですが、先生達の優しさや熱意のおかげで、この素晴らしい世界にだんだん深く深く飛び込んでいきました。これまでの3年間は、本当に夢みたいです。(本当にありがとう!)そして、今年BA(学士)コースを卒業し、修士課程に進みました。BA卒業論文の課題に選んだ日本、特に東北地方におけるシャーマニズムの現象の研究も続けたいと思っています。ハンガリーではシャーマニズムに関する研究は大変進んでいて、モンゴル民族などのシャーマニズムについての文献はとても豊かですが、日本の民間宗教については、ハンガリー語で書かれたものはほとんどありません。その現象は、本当に複雑で面白いのに。(私にとってだけかな?)ですから、都市化の影響でシャーマンが日本から消えてしまう前に、本を書いたり現地調査をしたりする、というのが私の将来の夢の1つです。

 

 

 

もう1つの夢は、翻訳家になることです。芥川龍之介の作品を翻訳してみた時、日本語の本当の美しさに気付きました。ハンガリー人が手に入れることができる日本の文学作品は、たいてい英語から翻訳されています。でも、本来の文章と英語から翻訳したものとを比べると、後者では、幾多の細かい表現が、言語の美しさとともに、無くなってしまっていることがすぐわかります。日本の文学はあまりにも優美ですから、やっぱり日本語から翻訳しないともったいないと思います。

 

3月11日のことは、言葉にならないくらいつらかったです。「どうしても、何か手伝いたい!でも、ハンガリーから何ができるのか?ボランティアとして行っても、邪魔になるだけだし...」というように、何もできないと感じていました。もちろん、募金活動に関わったり、被災者のための色んなチャリティーイベントへ行ったりしましたが、それは、雀の涙です。やっぱり、足りません。ですから、福島県と岩手県の学生たちが「絆プロジェクト」でハンガリーに来ると聞いた時、その プログラムに参加したいと私が思ったのは当然でした。

 

 

 

福島県と岩手県の子供たちは、たくさんのハンガリー人が日本のことを応援しようとしているのを感じたり、ハンガリーでいろいろな体験をしたり、仲間を作ったりできたら、新たな力で地元の人々にも勇気を与えることができるかもしれないと思いました。その2週間は、あっという間でした。子供たちは最初の1、2日は恥ずかしそうにおどおど過ごしていましたが、それを乗り越えて、短期間で可能な限りたくさんのことを経験しました。ハンガリーの伝統的な活動(民踊、アーチェリ、おもちゃ作りなど)を体験したり、一生懸命ハンガリー語も勉強したりして、彼らの笑顔や精力が、反対にボランティアの私たちの力になってしまいました。そんな可愛い子供たちと会えて、本当に嬉しいです。心の底から。

 

 

 

あいにく、私はまだ日本に行ったことがありませんが、それでも、ハンガリーから遠く離れたこの国から、感謝を表せないほど多くの事を教えてもらいました。実は、今でも、日本語はその魔法的な秘密のすべてを、どんなに頼んでも私に見せてくれないと感じることがあります。でも、その秘密を分かるようになるため、できるだけ頑張ります。

 

 


注釈:

上記の記事は、ドナウの四季2011年秋季号No.12に記載されました。

ちょっとした疑問から始まった日本語との出会い

 

 日本語を勉強し始めてから、数え切れないくらい「なんで日本語を選んだの?」

という質問を受けました。それは良い質問ですね… 答えは、たいてい「ええと、

まあ、それはね…」と口ごもることになりました。

 高校生の時から日本文化・歴史などに興味を持っていましたが、日本語は難しす

ぎるから、私には絶対できないと思って、始めずに諦めていました。あの頃の私

を、今も恥ずかしく思います。

 数年後、職場での昼休みの時間、同僚がキッコーマン醤油のアニメ広告を見せて

くれたとき、私は「えぇっ、何、これ?」と口をあんぐりと開けてモニターを眺め

たまま、不思議な気持ちに襲われました。ショックを受けたような感じでした。

「日本人の考え方を知りたいなぁ!やっぱり日本語を勉強したいなぁ!」というわ

けで、勇気を奮い起こして、ついに仕事を辞めて、2008年9月、エルテ大学の

日本学科で長い道を歩きはじめました。もちろん、理由はそれだけではありません

でしたが、今、省みると、無意義そうに見える以前の5年間の大学の勉強や4年間

の仕事の後、やっと一生で一番胸を躍らせてくれる旅を始められたのは、その可愛

いアニメを見たのがきっかけだったのです。

大学の課題は、あの時ひらがなさえ知らなかった私にとって確かに厳しかったで

すが、先生達の優しさや熱意のおかげで、この素晴らしい世界にだんだん深く深く

飛び込んでいきました。これまでの3年間は、本当に夢みたいです。(本当にあり

がとう!)

 そして、今年BA(学士)コースを卒業し、修士課程に進みました。BA卒業論

文の課題に選んだ日本、特に東北地方におけるシャーマニズムの現象の研究も続け

たいと思っています。ハンガリーではシャーマニズムに関する研究は大変進んでい

て、モンゴル民族などのシャーマニズムについての文献はとても豊かですが、日本

の民間宗教については、ハンガリー語で書かれたものはほとんどありません。その

現象は、本当に複雑で面白いのに。(私にとってだけかな?)ですから、都市化の

影響でシャーマンが日本から消えてしまう前に、本を書いたり現地調査をしたりす

る、というのが私の将来の夢の1つです。

 もう1つの夢は、翻訳家になることです。芥川龍之介の作品を翻訳してみた時、

日本語の本当の美しさに気付きました。ハンガリー人が手に入れることができる日

本の文学作品は、たいてい英語から翻訳されています。でも、本来の文章と英語か

ら翻訳したものとを比べると、後者では、幾多の細かい表現が、言語の美しさとと

もに、無くなってしまっていることがすぐわかります。日本の文学はあまりにも優

美ですから、やっぱり日本語から翻訳しないともったいないと思います。 

 3月11日のことは、言葉にならないくらいつらかったです。「どうしても、何

か手伝いたい!でも、ハンガリーから何ができるのか?ボランティアとして行って

も、邪魔になるだけだし…」というように、何もできないと感じていました。もち

ろん、募金活動に関わったり、被災者のための色んなチャリティーイベントへ行

ったりしましたが、それは、雀の涙です。やっぱり、足りません。

 ですから、福島県と岩手県の学生たちが「絆プロジェクト」でハンガリーに来る

と聞いた時、その プログラムに参加したいと私が思ったのは当然でした。福島県

と岩手県の子供たちは、たくさんのハンガリー人が日本のことを応援しようとして

いるのを感じたり、ハンガリーでいろいろな体験をしたり、仲間を作ったりできた

ら、新たな力で地元の人々にも勇気を与えることができるかもしれないと思いまし

た。その2週間は、あっという間でした。子供たちは最初の1、2日は恥ずかしそ

うにおどおど過ごしていましたが、それを乗り越えて、短期間で可能な限りたくさ

んのことを経験しました。ハンガリーの伝統的な活動(民踊、アーチェリ、おもち

ゃ作りなど)を体験したり、一生懸命ハンガリー語も勉強したりして、彼らの笑顔

や精力が、反対にボランティアの私たちの力になってしまいました。そんな可愛い

子供たちと会えて、本当に嬉しいです。心の底から。

あいにく、私はまだ日本に行ったことがありませんが、それでも、ハンガリーか

ら遠く離れたこの国から、感謝を表せないほど多くの事を教えてもらいました。実

は、今でも、日本語はその魔法的な秘密のすべてを、どんなに頼んでも私に見せて

くれないと感じることがあります。でも、その秘密を分かるようになるため、でき

るだけ頑張ります。

 

ネーメト・アニタ

 
 

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A MaJa ezúton szeretné kifejezni együttérzését a 2011. március 11-i Japán földrengés áldozataival és károsultjaival. Egyúttal szeretnénk biztosítani támogatásunkról a magyarországi érintetteket, és a jelenleg is Japánban tartózkodó magyar diákokat.